今月はグランマ = Grandmother 僕のおばあちゃんの誕生日で88歳になった。
グランマが産まれたのは大正12年。僕が想像もつかない生活スタイルの時代だっただろう。ネットもなければ携帯もない。
人のつながりはつねに顔を合わせて話しをしていただろうし、家族も兄弟もたくさんいた。きっと毎日がガヤガヤの連続だっただろう。
グランマが苦労して育てた子供たちの子供たち(僕のこと)そしてひ孫も集まり88歳のお祝いをした。
計16名が集まったが、もちろんグランマがいなければ僕は存在しないし、この集まりだってなかった。孫の1人が手作りのケーキを持ってきてくれて、そのろうそくを消すときのグランマの笑顔をみながら、産まれてきてくれてありがとう
と心から感じた。
僕が産まれたときから、ずっといたグランマ。
当たり前のように育ってきたつもりだったが、両親がいなければ僕はここにはいないし、ブログだって書いてないし、カナダにだって行ってない。
カナダから国際電話でグランマに電話したときは、電話代金が高いからと5秒ぐらいで切ろうとする。
無駄なお金を使わずに生活してきた、その習慣なんだろう。
僕がここにいる意味はまだ分からないけど、存在できているのはグランマのおかげだから、いつまでも元気に長生きして欲しいと思った。
おめでとうグランマ。
親孝行の前に祖母孝行をたくさんしようと思った今の気持ちをこうしてエントリーしておきます。