通訳は英語でTranslatorではない。とんでもねえ大企業間の通訳の仕事をすることになってしまい、頭が真っ白になった話

僕はiPhone6 なのかもしれない。

1時間もバッテリーがもたないiPhone6世代のマイボディは身体のエネルギーを使い果たして、日本橋駅の地下鉄へ向かう入り口で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

ひょんなことからDから始まる名前の広告代理店と世界でトップクラスの有名新聞社の間で通訳の仕事をすることになった。

Translator → 翻訳者
Interpreter → 通訳者

知人から
「通訳さんがインフルになったので、代打を探しているんだけど、どう?簡単な通訳だから、やらない?」

とLINEにメッセージが。

「ふーん、まあ通訳ならたまにやってるし、簡単ならやってもいいか」
と深く考えず返信したのが間違いだった。

仕事のブリーフが送られてきて、フリーズ。

なんやて!
そんな大企業とはきいてないし、簡単の真逆だ。
契約の内容も巨額で単位がおかしい。
ビリオンドルとミリオンドルの訳は間違えがちである。
そして些細な間違えは責任重大である。

しかし、もうスケジュールも確定してしまっている以上、逃げられない。

とんでもねえプレッシャーだ。

夢であってくれ。

「健康で飯が美味いなら人生すべてはエンターテイメントだ!」

ばあちゃんの孫がそう言ってた。つまり自分。

業務当日、会議開始前に必死に本業は通訳ではないことを伝えて、保険をかける。

「全然勉強してないんだよねー」
とテスト当日にするアレと同じだ。

「私が通訳をプロ並みにできないのは、本業が通訳ではないからですよ。」

「それをお分かりいただいていますか?」

と念を押す。

そして、和やかな雰囲気で会議はスタート。

「日本の春は良い気候ですね。」

「お花見はしましたか?」

と、アイスブレイクの雑談をのんきに聞いて笑顔で始まったが

ちょっと待てよ。
これも全部通訳するのかい?

ええ?

喉も脳も暖まっていないのにいきなりスタートですか?

はい、そうです。

えーとお花見のこと言ってから、なんだっけ、豊洲がなんか言っていたな

マグロ、サーモン、天ぷらっと

メモが追いつかない。

レストランで注文をお伺いしているような気持ちになる…

業務外の内容は通訳なしで話してくれませんかね?
とネガなほうに思考が傾いてしまう。

助けてAI!

なんかうまいこと、リアルタイムに通訳してくれませんかね、AIブームなんだから。

僕の処理速度はiPhone6なので、この時点でバッテリーは半分以下。

それでも会議が始まり進みだすと、なんとか通訳のペースがつかめてきた。

英語を聞いて日本語にする
日本語を聞いて英語にする

この双方向の処理は脳の使う部位が違うのか、スイッチが入るまでに、たいてい日本のほうがおかしくなる傾向がある。

英語には敬語がないため、英語を日本語に変換すると自分の日本語は敬語でなくなってしまう。最後に無理やり丁寧な表現にしようとして

「あなたの提示している条件そのままだと、弊社の法務チェックで却下される可能性が高くなる。です。」

みたいに、言い切ってしまってから、「です」をつけて、カタコト日本語みたいになってしまう。

このあたりの調節目盛りがピタッとあうまでに僕は時間がかかるのである。

しばらくすると、そこもちゃんとできるようになってきてCPUがフル回転してきた。

よし、いいぞー
エンジンあったまってきた。

と思ったのは最初の30分ほどで、1時間後には脳内バッテリーの加熱で、パンパンに膨らんで熱膨張。

午前の部がなんとか終わると、いつもは黄砂と花粉も受けて耐えれるのに、今日は目のかすみがひどい。

ああ、これは蜃気楼なのか。

ホワイトボードに書かれたベン図の重なりが視力検査のアレにみえる。
なにも見えない。

このまま目を瞑りスカイツリーまで浮遊して行こうか。

と身体から魂が抜け出しそうな状態でいると

「通訳さん!ランチ食べてくださいね」

とお声かけが。

丁寧に僕の分まで用意していただけるなんて!

しかも、チラ見でもわかる弁当の高級感。3800円くらいか。

弁当ではない
がついたほうのやつ

お弁当様と呼べるものだ。

いつも低GI食のさつまいもばかり食べてる僕には、

「さすが日本を代表する企業だな」

「こうゆうスタイルのランチと気づかいは、アメリカではなかったなー」

「日本のビジネスパーソンって細部にまで余念がないのがすごいや」

「弁当の蓋は本物の木じゃないか!SDGs!」

と思考が、宇多田ヒカルのTravelingしていると

「通訳さん これお願いします」
と途中入室された執行役員の方からのお声がけが

ギュイーン

と現実に戻ってくる。そうだ、ここは会議室だった。

この通訳業務は午前3時間、午後2時間ですよ。みなさん。

しかもランチタイム中も、のんきにトラベリングしてる暇もなく、全員の会話をリスニングしなければならない。

日本でトップの広告代理店と、日本のトップの新聞社、世界でトップ売り上げの雑誌社という三社に挟まれている横浜市の無名な男。

「いとこが勝手に、ジャニーズに応募して、自分もよくわからないうちに合格してしまった」

というエピソードを聞くたびに、本当は自分で応募したのに、人が勝手に応募したことにして、高感度を上げようみたいなアレと同じで

通訳も人から頼まれて仕方なしに、「そんなにお困りならやりますけどねえ」というメンタルにしておくことで、なんとかこの通訳業務を乗り切ったのである。

もし、自分からプロの通訳として、業務を受けていたなら、通訳レベルの低さにうんざりしていたことだろう。

自分に自信があって応募したのではないという言い訳を、含有することができる。

ギャンブラー通訳一平さんくらい稼げるならアリだが、プレッシャーと単価がマッチしていないのは僕の実力と経験不足なだけである。

しかし、そんなことを言っても終わってみたら楽しかったのである。

企業で働くという感覚を思い出して、楽しかったのである。

働き方は自由である。自分ひとりで会社をしていると世界が狭くなり、規模も縮小する。
話す人も、場所も限定される。

だからたまに、こうして素晴らしいビジネスパーソン達の仲間入りすると(と思っているだけ)
自分にとっては非日常の体験となり、とても良い刺激をもらえるのである。

5時間の通訳業務を終え、帰路へ着くため、オフィスビルから外にでる。

僕はiPhone6なのでもうバッテリーはゼロだ。

ブドウ糖が空っぽになった身体をなんとか前進させる。

日本橋駅前をマリオカートで通過する外国人観光客に笑顔で手を振る余裕もない。

しかし、気持ちは清々しい。

なんにせよ、頑張ったから良し!

待てよ…

 

明日もまた5時間通訳するんだった。

明日のことを想像して、空を見上げた。

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