自分には関係ないって思って生きてきたのに、急に自分の生活に入り込んでくることがある

 

「自分には関係ない」

ってまったく興味をもたないことってありますよね。

例えばゴルフ。

絶対やらない。なにが面白いのか理解できない。
って思ってたのに、いつのにか友達がやり始めて、誘われてやってみたらなかなか楽しい。

そんなふうに無関係だったものが、ググっと近づいてきたりするものです。

それはたとえば、

ヨガだったり

フラダンスだったり

フラワーレンジメントだったり

ケーキ作りだったり

スワロフスキーだったり

棒高跳びだったり

ジャンルは無限に存在します。

僕の場合はトライアスロンだった。

そう思ったのはまさにトライアスロンのレース前。

シブシブしていた。
とにかく嫌な顔をしていた。
なんで参加してしまったのだろう。
どうしよう。
きっと無理だ。

途中で失敗して、係りの人に助けられ、ぐったりとした自分を周りにいるたくさんの人に笑われるのだ。
みんなは見た目は同情している雰囲気をだしながら、

「あーあー無理しちゃって」と心の中では思っているに違いない。

そんなことが頭をグルグルまわっていた。

やばい、この緊張感。
どうしよー

トライアスロンのスイムが始まる五分前。
この待っている間の緊張感はとてつもない。

英語のプレゼンなんて比較にもならない緊張感。

ここまで引っ張ってしまってごめんなさいですが、先日トライアスロンに参加してきました。
これで参加したのは3回目なのだけど、かつてないほどに緊張していた。

なぜか?

2回出場してその辛さを知っているので、余計にこれから起こるであろう苦痛を想像して、ドキドキしていた。

しかも大会の前に風邪を引いてしまい、治ったか、治らないかのタイミングでベトナムへ旅行に行った。

そして、旅行戻りですぐトライアスロン。

小学生の甥っ子でも、「そりゃ無謀やでーおいちゃん」と言うだろう。
what are you nuts? (気は確かか?)

そんなんで、練習も調整もブッチギリのゼロで参加した今回のトライアスロン

予想が的中し海を300m泳いだところで、

ふくらはぎがつる事件が発生!(I got cramp in my calf)
つる → cramp
ふくらはぎ → calf
陸上で足がつった場合は、仰向けに寝転んで、裏側を伸ばせばなんとか対処できるが、水の中では無理。

こりゃームリだ
おぼれちゃう
って絶望的な顔をしたら

横にピッタリマークしていた、レスキューのおいにさんが

「大丈夫ですか?」「上がりますか?」
と声をかけてくれた。

僕は無言でお兄さんが投げてくれた、浮き輪につかまりどうにかして、脚を伸ばした。
浮き輪につかまるのはルール上はセーフ。
そして、少し足が動くようになるまでの一分ほどもがいていると

「ここでやめることも勇気ですよ」 と係りのお兄さん

たしかに、部活じゃないんだから、どうしてこんなに苦しいことをしているのか。
去年のこの大会ではスイムで亡くなった方がいるので、運営側もやばそうな参加者にはとくに注意している。

やめてしまえばラクだよ
完走したって、頑張ったって誰にもほめられない

ただただ身体を痛めつけ、疲労させるだけのこの競技になんの意味があるのか?

自分の中のダメダメくんが、そう言ってくる

でも、なぜか僕はやめない

このまま続行だ!

負けない

モチベーションの元はなにもなく

ごほうびもなく

ただ単に始めた以上やる。それだけ。

見始めた映画がつまらなくても、最後までみちゃうあの感じなのかもしれない。

わすが、2,3分の間に、いろいろ葛藤し、いつやめてもいいのだよという心の弱さとの戦いがトライアスロンなんだろうと気づく。

溺れるもはワラをもつかむ
のワラも海にはなかったがなんとか、スイムを泳ぎきり陸上に上がった時には、足も腕も重力に負けて、ヨタヨタとしか動かせない。

でも、このあとの自転車とランニングは溺れることはない。
もう大丈夫だ。
ゆっくり行こう。

そうやって今年のトライアスロンシーズンは無事完走して終了しました。

今回の優勝者は38歳とのこと。

若い方が圧倒的に有利なスポーツで、アラフォーが活躍するのはなぜだろうか。
心の強さも必要だからだろうか。

とここまで書いといてからの感想

トライアスロンはもうやりたくない。

さて、来年はどうなるか。

暖かく見守ってみます

自分を。

 

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