僕は、いつのまにかパパになっていた。
いや、もちろん突然「実は子どもがいました」みたいなドラマ展開ではない。
ちゃんと順序は踏んでいる。結婚して、子どもが生まれて、気づいたらパパである。
僕が18歳でカナダに上陸したとき、英語力はほぼゼロだった。
そこから、なんとか生活に困らないくらいまでは持っていった。
でも、正直なところ……時間もお金もそれなりにかけたわりに、「ネイティブレベル」というゴールには届かず。
結果、そこそこできるレベルに落ち着いた。
だからこそ思ったのだ。
「自分の子どもたちには、もっと早くから英語に触れさせたい」
インターナショナルスクールも考えたけれど、将来は日本で働いてほしい気持ちもあり、そこは見送り。
代わりに選んだのが、2歳からのオールイングリッシュ保育園。
園の中では、先生も友達も全部英語。
気づけば子どもたちは、英語で普通に会話している。
家ではNetflixも英語オンリー。
アニメも映画も、英語のまま理解している。
「よしよし、順調すぎる…これはいけるぞ…」
と、内心ニヤついていた。
ところが。小学校に入った瞬間、すべてがひっくり返る。
圧倒的に日本語が圧勝。99%日本語になってしまった。
聞いてはいた。
「友達と話す言語が、その子のメイン言語になる」と。
その通りだった。見事なくらい、その通りだった。
家でも英語を話さなくなり、英語力がじわじわとフェードアウトしていく。
「これはまずい」
ということで、帰国子女やインター卒の子が通う系の英語塾へ投入。
すると、しばらくして
「あれ?ちょっと英語力戻ってきた?」
娘は英語を思い出したのか、楽しそうに通っている。
よかった、ほんとによかった…とはいえ、日本語が優先なのは変わらない。
英語の宿題がわからないと、当然のように聞いてくる。
「パパ、これどういう意味?」
僕は、“英語ならなんでも知ってるパパ”というキャラである。
「パパに聞けば大体わかるよ」
という顔をしながら、なんとかやり過ごしてきた。
しかし最近、その設定に綻びが出てきた。
パパが知らない単語を、娘が聞いてくる。
昨日、娘たちがNetflixでGabby’s Dollhouseというアニメを観ていた。
その中の歌で流れてきたフレーズ。
“You are my cup of tea”
娘「パパ、You are my cup of teaってなに?」
…きた。
完全にきた。
頭の中で英語回路をフル回転させる。
直訳すると「あなたは私のお茶」?
いや違うな。
「えーっとね…それはね…」
完全に“知ったかぶりの壁”に正面衝突した。
諦めて「意味を調べてみるね」と伝えた。
You are cup of my teaの意味は
「あなたは私の好み」
「好きなタイプ」
だった。
ついにこの日が来たか。小学生の娘と一緒に、英語を学ぶ日。
そのうち普通に追い越されるんだろうな、と思う。
こうして“英語ならなんでも知ってるパパ”の設定は限界を迎えた。
次からはもう、「一緒に調べようか」でいこうと思う。
娘に買ってとお願いされてGabbyのTシャツをアマゾンで買った。
しかし1回も着用していないのに、子供部屋の床に放り投げられていた……


